ワンド14枚に描かれた「情熱」の物語|エースから10、そして4人のコートカード

「やってみたい」から始まる、ワンドの物語

タロット78枚のうち、小アルカナと呼ばれる56枚には、ワンド、カップ、ソード、ペンタクルという4つのスートがあります。ワンドは、ウェイト自身が明記したものではありませんが、彼も学んだ黄金の夜明け団の体系以来、一般に「火」の元素と結びつけられ、意欲や行動力、創造性、情熱などを表すスートとして読まれています。
一枚ずつカードを見るだけでも、それぞれに異なる場面が描かれています。でも、ウェイト=スミス版のワンドをエースから10まで順番に並べてみると、そこにはもうひとつ面白い見方が浮かんできます。
エースで生まれた一本のワンドは、10になると十本に増えています。最初は「やってみたい」という小さな火だったものが、外の世界へ向かい、人とぶつかり、評価され、自分の場所を守りながら、やがてたくさんのものを抱えるようになる。そんなひとつの流れとして眺めることもできるのです。
ただし、ワンドのエースから10までが、もともと一つの物語として作られたというわけではありません。この記事では、ウェイト=スミス版に描かれた図像をエースから10まで順番に眺めながら、そこにどのような流れを読み取ることができるのかを考えていきます。
ここでいう「物語」とは、14枚がひと続きの物語として作られたという意味ではなく、カードを眺めることで見えてくる「情熱」のさまざまな姿を、ひとつの読み物としてたどっていくものです。
それ以前の多くの伝統的なタロットでは、数札はスートの記号を中心とした図柄でした。ウェイト=スミス版では、数札にも人物や風景を含む具体的な場面が描かれています。だからこそ、カードを順番に眺めながら、そこに物語のような流れを見つけることもできます。
第一幕|エースから10まで、情熱の旅をたどる

ワンドのエース|「やってみたい」が生まれる
雲の中から伸びた手が、一本のワンドを差し出しています。
まだ何かが完成したわけではありません。具体的な計画が決まっているわけでも、その先に何が待っているのかが見えているわけでもありません。
ただ、そこには一本のワンドがあります。
「やってみたい」「面白そう」「これを始めてみようかな」。そんな小さな衝動が生まれるところから、ワンドの物語は始まります。
何かを始めるとき、最初から十分な経験や確信があるとは限りません。それでも、心の中に火がつくことがあります。
ワンドのエースは、まだ形になっていない可能性と、その可能性を動かしていく最初のエネルギーを感じさせるカードです。
ワンドの2|「この先、どこへ行こう」
城壁のような場所に立つ人物が、小さな世界を手にしながら遠くを眺めています。
エースで生まれた「やってみたい」という気持ちは、ここで少し具体的な未来へと目を向け始めます。
この力を使って、どこへ行こう。何をしてみよう。どこまで広げることができるだろう。
まだ大きく動き出してはいませんが、視線はすでに今いる場所の外へ向いています。
何かを始めたいと思ったあとに訪れる、「では、これをどうしていこう」という時間。ワンドの2は、可能性を手にした人が、その先にある世界を見渡している場面として読むことができます。
ワンドの3|外の世界へ広がっていく
今度は、人物が海と、その向こうを進む船を眺めています。
2ではまだ遠くを見ながら未来を考えていましたが、3になると、自分の手元にあったものが少しずつ外の世界へ広がり始めます。
動き出したものが、どこへ向かっていくのか。自分の働きかけが、どんな結果につながっていくのか。
すべてを自分の手の中に置いておくのではなく、外の世界との関わりが始まっていきます。
最初に生まれた小さな火が、自分だけのものではなくなっていく。ワンドの3には、そんな広がりを感じることができます。
ワンドの4|ここまで来たことを喜ぶ
4のカードには、花輪で飾られた4本のワンドと、その向こうで花束を掲げる人々の姿が描かれています。
ここまで続いてきた物語の中で、初めて「ひと区切り」と呼べるような場面が現れます。
何かを始めて、外へ向かって動き、それがひとつの形になる。ずっと先だけを見るのではなく、「ここまで来た」と立ち止まって喜ぶ時間です。
大きなゴールではなくても、途中には節目があります。
ワンドの4は、旅の途中で迎える最初の安定や喜びの場面として眺めることができます。
ワンドの5|思いどおりには進まない
穏やかな4から一転して、5では5人の人物がそれぞれワンドを持ち、入り乱れています。
戦っているようにも、競い合っているようにも見える、にぎやかで落ち着かない場面です。
外の世界に出れば、自分とは違う考えを持つ人にも出会います。自分のやりたいことと、周囲の事情がぶつかることもあります。
ときには、自分自身の中で「あれもしたい」「こちらも気になる」と複数の思いがぶつかることもあるでしょう。
エースで火がついたときには、自分の情熱だけを見ていればよかった。でも、それを現実の世界で動かしていこうとすれば、摩擦も生まれます。
ワンドの5は、何かに挑戦するからこそ出会う、競争や衝突、試行錯誤の場面として読むことができます。
ワンドの6|認められる
6では、月桂冠をつけた人物が馬に乗り、周囲の人々の間を進んでいます。手にしたワンドにも月桂冠が飾られています。
5で経験した競争や混乱のあとに、今度は「認められる」という場面がやってきます。
努力したことが評価される。結果が出る。周囲から祝福される。自分自身も「ここまでできた」と手応えを感じる。
ワンドの物語の中では、とても華やかな場面です。
でも、カードはまだ6です。物語はここでは終わりません。
何かを成し遂げることと、それをその先も続けていくことは、また別の経験です。ワンドの6は、成功や評価もまた旅の途中にあることを感じさせます。
ちなみに、この馬は本物? ワンドの6に描かれた馬は、どこか布をかぶせた張りぼてのようにも見えるため、「本物の馬ではないのでは?」と解釈されることがあります。ただし、ウェイト自身は『The Pictorial Key to the Tarot』で、この人物を馬に乗った騎手として説明しています。張りぼてというのは、カードの図像から生まれた後世の解釈のひとつです。 |
ワンドの7|手にしたものを守る
7では、高い場所に立つ人物が一本のワンドを握り、下から突き出される6本のワンドに向き合っています。
6で何かを手にしたあと、今度はその立場を守る場面がやってきます。
始めるだけなら、自分の気持ちだけで動けることもあります。でも、続けていくとなればそうはいきません。
自分の考えを貫かなければならないこともある。周囲から求められることが増えるかもしれない。競争の中で、自分の場所を守る必要も出てきます。
「手に入れること」と「持ち続けること」は、同じではありません。
ワンドの7は、自分が選んだもののために踏ん張る姿として見ることができます。
ワンドの8|流れが一気に動き出す
8のカードには人物が描かれていません。空を横切るように、8本のワンドが一斉に飛んでいます。
それまで一つひとつ経験を重ねてきた物語が、ここでは突然スピードを上げたように見えます。
話が進む。連絡が来る。いくつもの出来事が動き始める。自分が一つずつ押して進めるというより、動き出した流れそのものに勢いがついていくような場面です。
何かを続けていると、しばらく変化が見えなかったのに、ある時から急に物事がつながり始めることがあります。
ワンドの8は、エースから積み重ねてきたエネルギーが、一気に展開していく場面として読むことができます。
ワンドの9|それでも、まだ立っている
勢いよく飛んでいた8本のワンドは、9になると再び地面に立っています。
その前には、頭に包帯を巻いた人物が一本のワンドを握り、後ろに並ぶ8本のワンドを背にしています。
ここまで来るまでに、何もなかったわけではないのでしょう。人物は疲れているようにも、何かを警戒しているようにも見えます。
それでも、まだその場所に立っています。
何かを長く続けていれば、最初のころのような勢いだけでは進めなくなることがあります。経験が増えたからこそ慎重になり、もう一度傷つかないよう身構えることもあります。
それでも、ここまで積み上げてきたものを簡単には手放さない。
ワンドの9は、疲れや警戒を抱えながらも、もう少し踏ん張ろうとする姿として見ることができます。
ワンドの10|一本だったワンドが、十本になる
そして10では、人物が10本のワンドを両腕いっぱいに抱え、遠くに見える町へ向かって歩いています。
エースを思い出してみると、最初に差し出されていたワンドは、たった一本でした。
それが、10では十本になっています。
最初は「やってみたい」という小さな火だったものが、少しずつ広がり、人との関わりが生まれ、競争や評価を経験し、自分の場所を守りながら続いてきました。
その結果、手にしているものは確かに増えています。
けれど、たくさん持っていることが、そのまま身軽さや喜びにつながるとは限りません。
やりたいことから始めたはずなのに、いつの間にか責任が増えている。好きで始めたことなのに、「続けなければならないもの」になっている。成果が出たからこそ、新しく背負うものが生まれることもあります。
ワンドの10は、単純な失敗の場面ではありません。むしろ、ここまで進んできたからこそ抱えることになった重さを見るカードともいえるでしょう。
10枚を並べると見えてくる「情熱」の変化
ワンドのエースから10までをもう一度眺めてみます。
エースで火がつき、2で未来を見渡し、3で外の世界へ広がっていく。4ではひとつの節目を喜び、5では人や状況との摩擦を経験する。6で評価を得たあと、7では手にしたものを守り、8では流れが加速する。そして9で疲れながらも持ちこたえ、10では多くのものを抱えて歩いています。
始まりにあったのは、一本のワンドでした。
けれど、何かを育てていくということは、その一本だけをずっと握っていることではありません。
関わる人が増えたり、役割が増えたり、期待されることが増えたりする。できることが増えれば、それに伴って任されることも増えていきます。
ワンドの10枚をひとつの流れとして眺めると、「情熱を持つこと」だけではなく、その情熱を現実の中で育てていく過程までが見えてきます。
なぜ最後のワンドの10は、楽しそうではないのか
ワンドの物語で面白いのは、最後の10が華やかな成功の場面ではないことです。
6には、勝利を思わせる華やかな場面がありました。それでも物語はそこで終わらず、7、8、9と続き、最後には10本のワンドを抱える人物へたどり着きます。
これは、「頑張った先には必ず苦労が待っている」という話ではありません。
むしろ、何かを実現することと、それを維持していくことには、それぞれ違う力が必要になる、と考えることができます。
最初は楽しかったことでも、大きくなれば管理するものが増えるかもしれません。自分一人で始めたことに仲間が加われば、考えることも増えます。評価されれば、次も期待されるようになることがあります。
そう考えると、ワンドの10が問いかけているのは「もうやめたほうがいい」ということだけではなさそうです。
今、自分が抱えているものは、本当にすべて自分で持つ必要があるのか。
最初に火がついたとき、自分は何をしたかったのか。
増えていったものの中で、これからも持っていきたいものは何なのか。
10本のワンドを抱える人物の姿は、そんなことを考えるきっかけにもなります。
第二幕|物語のもうひとつの主役――ワンドを持つ人々
エースから10まで、私たちは一本のワンドから始まった「情熱」の行方を追ってきました。
けれど、ワンドの世界には、もう4枚のカードがあります。
ペイジ、ナイト、クイーン、キング。小アルカナの各スートには、エースから10までの数札に加えて、この4枚のコートカードがあり、ワンドは全部で14枚です。
この4枚に描かれているのは、それぞれ一本のワンドを手にした人物たちです。
ここから少し視点を変えてみましょう。
今度見るのは、火そのものがどう変化していくかではなく、その火を持った人が、どう向き合っているのかです。
なお、ここでのペイジ・ナイト・クイーン・キングの読み方は、ウェイト自身が個々のカードに記した占い的な意味そのものというより、現代のタロットで広く使われている「コートカードの気質」としての整理に沿ったものです。

ワンドのペイジ|「これ、面白そう」
ペイジは、一本のワンドを両手で持ち、それを見つめています。
まだ何かを成し遂げた人物というよりも、目の前に現れたものに興味を持ち、「これは何だろう」と向き合っているようにも見えます。
エースで生まれた「やってみたい」という小さな火に、人が気づいた瞬間を重ねてみると、ペイジの姿が少し違って見えてきます。
知らないからこそ、面白い。まだ経験していないからこそ、やってみたい。
ワンドのペイジには、そんな好奇心と、これから始まる可能性を感じることができます。
ワンドのナイト|「じっとしていられない」
ナイトになると、景色は一気に動きます。
ワンドを手にした騎士を乗せ、馬が勢いよく前へ進もうとしています。
ペイジがワンドを見つめていたのに対して、ナイトは、そのエネルギーを外へ向けて動かしているように見えます。
「面白そう」で終わらず、実際にやってみる。知らない場所へ飛び込んでみる。
その勢いは大きな推進力になりますが、勢いがあるからこそ、急ぎすぎたり、熱くなりすぎたりすることもあるかもしれません。
ワンドのナイトからは、情熱が行動へ変わったときの力強さを見ることができます。
なお、ウェイト自身はナイトに「旅立ち」「移動」「転居」などの意味を挙げています。ここでの「行動」や「勢い」という読みは、そうした移動のイメージや動きのある図像から広がった、現代的な捉え方です。
ワンドのクイーン|「この火は、私のもの」
クイーンは、一本のワンドを手に玉座に座っています。
もうワンドを珍しそうに眺めることも、それを掲げて駆け出すこともありません。
自分の中にある情熱や創造性を、自分のものとして自然に扱っているようにも見えます。
誰かに言われたからではなく、「私はこれが好き」「私はこうしたい」と、自分の内側にある火を信頼する。
ワンドのクイーンには、外へ向かう勢いだけではない、自分らしく火を保つ強さを見ることができます。
ワンドのキング|「この火を、どこへ向けるか」
キングもまた、一本のワンドを手に玉座に座っています。
けれど、その姿から感じられるのは、ただ情熱を持っているということだけではありません。
自分の力を何に使うのか。どこへ向かうのか。その方向を決める立場にいる人物として眺めることもできます。
最初は「やってみたい」だけだった火も、大きくなれば、自分だけではなく周囲に影響を与えることがあります。
火を燃やすことから、その火をどう使うかへ。
ワンドのキングには、情熱を現実の中で動かしていく力と、その力を扱う責任を見ることができます。
10枚の物語と、4人の人物
こうして見ると、ワンドの14枚には、二つの異なる見方ができます。
エースから10までの数札では、ひとつの情熱が現実の中でどのように動き、広がり、変化していくのかを眺めることができます。
そして4枚のコートカードでは、その「火」を持つ人物たちの違いを見ることができます。
ペイジは興味を持ち、ナイトは動き、クイーンは自分のものとして扱い、キングはその力をどこへ向けるのかを考える。
もちろん、これは「人は必ずペイジからキングへ、この順番で成長する」という意味ではありません。
同じ「ワンド」という火でも、その火との付き合い方にはいろいろな姿がある。4枚を並べて見ることで、そんな違いも見えてきます。
カードの意味を「点」ではなく「流れ」で見る
タロットを学び始めると、「ワンドの3は何を意味する?」「ワンドの7が出たらどう読む?」と、一枚ずつ意味を覚えようとすることが多いかもしれません。
もちろん、一枚ごとの象徴や意味を知ることは大切です。
でも、隣り合うカードと比べてみると、それまでとは違うものが見えてくることがあります。
なぜ、祝福の4のあとに混乱する5があるのか。
なぜ、勝利の6のあとに踏ん張る7があるのか。
なぜ、勢いよく飛ぶ8のあとに、傷を負った9があるのか。
そして、なぜ最後に待っているのが、10本のワンドを抱えた人物なのか。
さらにコートカードへ目を向ければ、同じ一本のワンドを手にしていても、それぞれの人物によって、その火との向き合い方が違って見えることにも気づきます。
これは、「もともとその意味を持たせるために、この順番で一つの物語が作られた」ということではありません。
けれど、カードの図像を順番に眺めたり、共通するモチーフを比べたりすることで、一枚だけを見ていたときには気づかなかった関係が見えてきます。
タロットを「意味を暗記するもの」ではなく、「絵を見ながら考えるもの」として楽しむ方法のひとつです。
おわりに|最初の一本を思い出す
ワンドのエースでは、一本のワンドが差し出されていました。
そして10では、十本のワンドを抱えた人物が歩いています。
その間には、未来を考える時間があり、外へ踏み出す経験があり、喜びも、競争も、評価も、守ることも、疲れることもありました。
最初に生まれた情熱は、ずっと同じ姿のまま続くわけではありません。
育てていくうちに形を変え、ときには自分を前へ進ませる力になり、ときには抱える重さにもなる。
だからこそ10まで来たときには、最初の一本を思い出してみるのもいいのかもしれません。
「自分は、何をやってみたかったのだろう。」
そして、今抱えている十本の中から、これからも持っていきたいものを選んでいく。
さらに4枚のコートカードに目を向ければ、その「火」との付き合い方にも、一つだけではない姿があることが見えてきます。
興味を持つ人がいる。勢いよく動く人がいる。自分の内側にある火を自然に表現する人がいる。そして、その力をどこへ向けるのかを考える人がいる。
ワンドの14枚を眺めてみると、「情熱」はただ勢いよく燃えるだけのものではないことが見えてきます。
始まり、広がり、ぶつかり、成果を得て、ときには重さを抱える。そして、その火とどう付き合い、どこへ向けていくのか。
ワンドには、そんなさまざまな「情熱の姿」が描かれています。
次回は、カップの14枚を眺めます。ワンドが「火」の物語だとすれば、カップからはどんな「心の物語」が見えてくるのでしょうか。
参考文献
A. E. Waite, The Pictorial Key to the Tarot, William Rider & Son, 1910/1911.
A. E. Waite(考案), Pamela Colman Smith(絵), タロットカード(現在は「ウェイト=スミス版」「ライダー=ウェイト=スミス版」として知られる), William Rider & Son, 1909年(初版の刷り年については1910年とする記録もあります)。

