瞑想
1.瞑想とは
瞑想には、実にさまざまな方法があります。
呼吸や身体の感覚など、ひとつの対象に意識を向けるもの。浮かんでくる思考や感情を観察するもの。言葉や音を繰り返すもの。自分や他者に慈しみを向けるもの。心の中に情景や存在を思い描くものもあります。
その目的も、心を落ち着かせることだけではありません。宗教的な修行として行われてきた瞑想もあれば、自分の心や意識を探究するためのもの、現代では心身の状態に気づくために取り入れられているものもあります。
そのため、「瞑想とは、心を無にすること」とひとことで説明することはできません。
現在私たちが「瞑想」と呼んでいるものの背景には、長い歴史の中で育まれてきた、さまざまな文化や思想、宗教、そして現代の心理学や医療との出会いがあります。
2.瞑想には、いくつもの歴史がある
瞑想の歴史をたどろうとすると、「いつ、どこで瞑想が始まったのか」という単純な話では済まないことがわかります。
古代インドでは、紀元前1千年紀に成立していったウパニシャッドなどの思想の中で、自己や意識、輪廻、解脱についての探究が深められていきました。
同じ頃には、既存の宗教的な枠組みから離れて修行する人々も現れます。紀元前5世紀ごろに活動したと考えられているブッダも、こうした古代インドの修行文化の中に登場した人物です。
仏教では、心を集中させたり、自分の心に起きていることを観察したりする実践が、重要な修行のひとつになりました。
一方、古代インドで発達した瞑想は仏教だけではありません。ヨーガをはじめとするさまざまな思想や宗教の中でも、心や身体、意識を扱う実践が発達していきます。
つまり、現在につながる瞑想の歴史には、最初からひとつだけの流れがあったわけではありません。
3.仏教とともに広がった瞑想
インドで生まれた仏教は、長い時間をかけてアジア各地へ広がっていきました。
スリランカから東南アジアへ伝わった上座部仏教、中国や朝鮮半島、日本などへ広がった大乗仏教、チベットで独自に発達したチベット仏教。それぞれの地域で、思想とともに瞑想の方法も受け継がれ、発展していきます。
スリランカ、ミャンマー、タイなどに伝わった上座部仏教の瞑想文化は、現代のヴィパッサナー瞑想やマインドフルネスの歴史を考えるうえでも重要です。
ただし、現在「ヴィパッサナー」や「マインドフルネス」として知られている方法が、2500年前からまったく同じ形で続いてきたわけではありません。
瞑想もまた、時代や社会の変化の中で新しい解釈や方法を生みながら受け継がれてきました。
4.イメージを使う瞑想もある
チベットでは、インド仏教から伝わった思想や修行法をもとに、独自の仏教文化が発達しました。
チベット仏教には、呼吸や心の動きを観察するものだけでなく、仏や菩薩などの姿を心の中に思い描く観想や、マントラを唱える実践など、さまざまな方法があります。
「瞑想」というと、目を閉じて何も考えず静かに座る姿を想像しがちですが、長い瞑想の歴史を見ると、心の中に何かを思い描くこともまた、さまざまな伝統の中で用いられてきました。
現在の誘導瞑想でもイメージを使うことがありますが、イメージを用いて内面的な体験を導くという発想そのものには、長い歴史があります。
5.中国には、中国独自の瞑想文化もあった
仏教が伝わる以前の中国にも、心や身体、呼吸などを扱う自己修養の伝統がありました。
古代の道家思想にも、意識を静めたり、注意を集中させたりする瞑想的な実践を見ることができます。
そこへ、インドから中央アジアなどを経て仏教が伝わってきます。
中国では、インドから伝わった仏教がそのままの形で受け継がれたわけではありません。中国の思想や文化との交流を重ねながら、天台や華厳、禅など、中国独自の仏教文化が形成されていきました。
そのひとつが「禅」です。
「禅」という言葉をたどっていくと、インドのサンスクリット語「dhyāna(ディヤーナ)」につながります。瞑想や精神集中を意味する言葉が中国へ伝わり、「禅」と訳され、日本では「Zen」として世界にも知られるようになりました。
ひとつの言葉だけを見ても、瞑想が文化から文化へ移りながら変化してきた長い歴史が見えてきます。
6.日本にも長い瞑想の歴史がある
日本に仏教が伝わったのは6世紀ごろです。
その後、中国で発達したさまざまな仏教思想や修行法が日本へ伝えられました。
平安時代には最澄が天台宗、空海が真言宗を開き、それぞれの教えの中で観想を含むさまざまな修行が行われていきます。
さらに鎌倉時代になると、禅宗も日本で大きく発展します。
現在でもよく知られているのが「坐禅(ざぜん)」です。
曹洞宗では道元が「只管打坐(しかんたざ)」、ただひたすら坐ることを重視しました。一方、臨済系では公案を用いて修行する方法も発達しています。
そのため、日本の瞑想文化を「禅」や「坐禅」だけで説明することもできません。
仏教が伝 来してから千年以上、日本でもさまざまな形で、人の心や意識に向き合う実践が続けられてきました。
7.西洋にも、内面へ向かう伝統があった
瞑想という言葉から東洋を連想しがちですが、西洋にも、人が静かに内面へ向かう長い伝統があります。
キリスト教には、祈りだけでなく「観想(contemplation)」と呼ばれる実践があります。
初期キリスト教の修道者たちは、世俗から離れ、静けさの中で祈りや観想を行いました。その後も修道院を中心に、言葉を繰り返す祈り、聖書の言葉を深く味わう黙想、静けさの中で神へ意識を向ける観想など、さまざまな実践が発達していきます。
ユダヤ教にも、後世のカバラやハシディズムなどに観想的・瞑想的な実践があります。
イスラム世界、とくにスーフィズムにも、神の名や言葉を繰り返しながら神を想起する「ズィクル(dhikr)」や、神の臨在へ注意を向ける観想的な実践があります。
もちろん、これらを仏教やヨーガの瞑想と同じものとして扱うことはできません。
宗教的な背景も、目的も、世界観も異なります。
それでも世界を広く見渡してみると、人はさまざまな土地で、意識を集中させたり、静かに自分の内側へ向かったり、祈りや言葉を通して日常とは異なる意識のあり方を探ってきたことがわかります。
8.東洋の瞑想が西洋へ渡る
19世紀から20世紀にかけて、人や情報の交流が世界規模で広がると、インドや 東アジアの宗教、哲学、瞑想も欧米で知られるようになっていきました。
ヨーガ、仏教、禅、ヴィパッサナーなどが西洋へ紹介され、20世紀には宗教的な修行としてだけでなく、自分自身を探究する方法や、心身を整えるための実践としても関心を集めるようになります。
一方、西洋にもすでに、心理学や医学の中で心と身体の関係を研究したり、緊張をゆるめたりする方法を探る流れがありました。
東洋から伝わった瞑想と、西洋の心理学や医学、リラクセーションの考え方。
現代の瞑想文化は、こうした異なる流れが出会う中でも形づくられていきました。
9.現代のマインドフルネス
その大きな転換点のひとつが、1979年です。
アメリカのマサチューセッツ大学医学部で、ジョン・カバットジンが、慢性的な痛みなどを抱える人を対象としたプログラムを始めました。
後に「MBSR(Mindfulness-Based Stress Reduction/マインドフルネスストレス低減法)」と呼ばれるようになるプログラムです。
仏教瞑想などから影響を受けながらも、特定の宗教を信じることを前提とせず、医療の中で実践できる形へと組み直されていきました。
その後、マインドフルネスは心理学や医療などでも研究されるようになり、さらに一般社会へ広がっていきます。
現在では、スマートフォンのアプリや動画を使って、数分間のマインドフルネスを体験することも珍しくありません。
けれど、現在のマインドフルネスと、古代の仏教修行は同じものではありません。
古代インドの宗教的・哲学的な実践から、アジア各地で発達した瞑想、近代以降の東西交流、心理学や医学との接続まで、長い変化の先に現在のマインドフルネスがあります。
10.瞑想にはどんな方法がある?
長い歴史の中で、瞑想にはさまざまな方法が生まれてきました。
たとえば、呼吸や身体感覚など、ひとつの対象に注意を向ける方法があります。
一方で、思考や感情、音、身体感覚など、その瞬間に起きていることを広く観察していく方法もあります。
自分や他者に慈しみを向ける慈愛・慈悲の瞑想、言葉や音を繰り返すもの、イメージを思い描くものなどもあります。
さらに現代では、音声による言葉の案内を聞きながら進めていく「誘導瞑想」も広く利用されています。
何に意識を向けるのか。どのように意識を向けるのか。そして、何のために行うのか。
その違いによって、瞑想の体験も大きく変わります。
11.瞑想中は、何も考えてはいけない?
瞑想を始めてみると、次から次へと考えが浮かんでくることがあります。
「ちゃんと無になれないから、瞑想ができていない」と思ってしまうかもしれません。
しかし、多くの瞑想法では、考えが浮かぶこと自体を失敗とは考えません。
呼吸に注意を向ける瞑想なら、考え事をしていたことに気づいたら、再び呼吸へ注意を戻します。
思考や感情を観察する瞑想なら、「今、自分はこんなことを考えている」「こんな気持ちがある」と、そのこと自体に気づいていきます。
考えを無理に消そうとするのではなく、自分の意識が今どこに向かっているのかに気づく。
それも、瞑想のひとつの方法です。
HOCA WORKSの誘導瞑想
12.言葉に導かれながら、自分の内側へ
HOCA WORKSでは、「果豆のリラックスBGM&誘導瞑想チャンネル」で、音声を聞きながら行うさまざまな誘導瞑想を制作しています。
呼吸や身体の感覚に意識を向けるもの、眠る前に心と身体をゆるめていくもの、自分の思考や感情を観察するもの、イメージの世界を体験するものなど、扱っているテーマはひとつではありません。
多くの誘導瞑想では、まず呼吸や身体に意識を向けるところから始めます。
そこから、その日のテーマに合わせて問いかけをしたり、イメージを思い浮かべたり、そこに現れた感情や考えを眺めたりしながら進んでいきます。
そして最後は、再び呼吸や身体へ意識を戻し、少しずつ日常へ戻っていきます。
13.自分の考えを、一歩離れたところから見てみる
果豆の誘導瞑想では、リラックスすることだけでなく、自分の思考や感情、価値観を見つめることも大切にしています。
たとえば、「こうあるべき」と思っていることに気づく瞑想があります。
その考えを「捨てなければならない」と考えるのではなく、まず自分の中にそんな考えがあることを知る。そして、「なぜ私はそう思っているのだろう」「本当はどう感じているのだろう」と見ていきます。
自分の考えを一歩離れたところから眺めるメタ認知や、無意識に持っている思い込みや先入観に気づくこと、いつもとは違う視点から物事を見ることも、これまで誘導瞑想のテーマとして扱ってきました。
自分の考えを否定するためではなく、「自分は今、こんなふうに見ているんだ」と知る。
そこから始める瞑想です。
14.心理学や哲学を、いつもと違う見方のヒントに
果豆では、心理学や哲学の考え方を取り入れた誘導瞑想も制作しています。
自分がつらいときにも自分自身に思いやりを向けるセルフコンパッション、自分の思考や感情を一歩離れたところから見るメタ認知、思い込みや認知の偏りに気づくことなどをテーマにした瞑想があります。
また、ミッドライフクライシスをテーマにしたシリーズでは、ニーチェやフッサールなどの哲学もヒントにしながら、社会の中で身につけてきた価値観や、自分自身が大切にしたいことを振り返っています。
心理学や哲学の理論そのものを学ぶことが目的ではありません。
普段とは少し違う角度から自分を見るための、ひとつのヒントとして取り入れています。
15.イメージの世界を体験する
誘導瞑想では、言葉を手がかりに、心の中にさまざまな情景を思い描くこともできます。
果豆では、幼い頃の自分を思い浮かべて対話するインナーチャイルドをテーマにした瞑想も制作しています。
呼吸を整え、幼い自分を思い浮かべ、その表情を見たり、どんな気持ちなのかを想像したり、言葉をかけたりしながら、自分の内側にある感情に目を向けていきます。
また、過去世や魂、宇宙、神仏など、スピリチュアルな世界観を使った誘導瞑想もあります。
こうした瞑想では、その世界観を客観的な事実として証明することを目的としているわけではありません。
イメージや象徴の世界を体験しながら、そこから自分が何を感じるのかを見ていく。
それも、果豆で扱っている誘導瞑想のひとつです。
16.もうひとつの見方を見つける
果豆でこれまで制作してきた誘導瞑想には、リラックス、マインドフルネス、心理学、哲学、インナーチャイルド、イメージやスピリチュアルな世界など、さまざまなテーマがあります。
扱っているものは違っていても、その多くに共通しているのは、普段の自分の見方から少し離れてみることです。
「私はこういう人だから」
「普通はこうするものだから」
「こうあるべきだから」
そうした見方を否定するのではなく、まず自分がそう見ていることに気づいてみる。
そして、少し違うところから眺めたら、どう見えるだろうと考えてみる。
果豆では、実際に「視点を変えてみる瞑想:もうひとつの見方を発見する」という誘導瞑想も制作しています。
ひとつの答えを見つけるためではなく、今までとは違う見方があることに気づくために。
HOCA WORKSでは、瞑想もまた、日常の見方にもうひとつのレイヤーを重ねる方法のひとつとして紹介していきます。
17.誘導瞑想を体験する
「果豆のリラックスBGM&誘導瞑想チャンネル」では、短い呼吸法やリラックスのための瞑想から、自分の思考や価値観を見つめるもの、イメージの世界を体験するものまで、さまざまな誘導瞑想を公開しています。
その日の気分や、気になるテーマから選んで体験してみてください。
18.瞑想をもう少し知りたい方へ
HOCA WORKSでは、瞑想の方法や歴史、マインドフルネス、心理学や哲学と瞑想との関わりなどについても、コラムとして紹介していきます。
参考文献・参考資料
本ページの瞑想の歴史や考え方に関する記述では、仏教やヒンドゥー教をはじめとするさまざまな伝統における瞑想の実践や、現代のマインドフルネスについて、以下の資料を参照しています。
The Oxford Handbook of Meditation, Oxford University Press.
Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Chan Buddhism.”
Encyclopaedia Britannica, “Hinduism,” “Buddhism,” “Desert Fathers,” “Sufism,” “Judaism.”
Jon Kabat-Zinn, Full Catastrophe Living.